~アドベンチャー イン ポンフー~
By Fukashi Makimoto
アイアンマン台湾2016,UN38.3,槇本深,槇本美恵子,澎湖
2016 IRONMAN TAIWAN Penghu

 

◆◆◆ 準備編 ◆◆◆

今年ハワイはお休み。年初より台湾出場を検討。
いろいろと旅行の計画を立てる。なんと函館から直行便がでていました。
ネットで航空券を検索。1人往復1万5千円くらいで購入できた。


去年は台湾の南端のKengtingという街で開催。
今年は台湾の西に浮かぶ離島である澎湖(ほうこPenghuポンフー)で開催されることになった。
グッドウィルツアーに問い合わせてみると台北から澎湖までのバイク輸送が問題になっているらしい。
台北から澎湖島の馬公空港へは復興、遠東、華信などいくつかの航空会社が運行している。
日本語のHPをもっているのは復興(Tran-Asia)のみ。
Trans-Asiaの澎湖行は機体が小さいプロペラ機で大きな荷物は積めない。
超過料金云々ではなく無理ということがわかった。
ここで面倒になりもう一つのツアー会社に問い合わせる。
現地サポートのみの手配はしておりません。
東京か大阪発で全部込みのツアーしか受け付けないとのつれない返事。
せっかく入手した格安航空券を無駄にしたくない。
なんとか離島へのバイク運搬手段を検討する。
ほかの会社は中国語と英語のHPのみ。


荷物の規定の項をよく読んでみると超過料金を払えば輸送可能なことが解った。
近距離なので大した額ではなく日本円で1000円にもならないことがわかった。
もう一つの問題。電動変速機のリチウム電池。
メールで問い合わせると不可以(ダメです)との回答。
一時は台湾本島から澎湖への移動は船便も考えた程。
よく規定を読むと、電池は預け荷物はダメだが、機内 持ち込み荷物としてはよいらしい。
その場合、出力、容量、絶縁性能に関する国連検査証明書UN38.3というらしいものが必要であることがわかった。
シマノに問い合わせるとすぐに、証明書をFaxで送ってくれた。


UN38.3証明書。


上の画像をプリントしてお役にて立ててください。圧縮していません。

これで航空会社を選べば飛行機でわたれる事を確認した。

万一不慣れな係官にクレームをつけられ、没収されそうになった時、シマノDi2に関してはこの証明書を提示すればOKになるはすです。
バイクは3辺の合計203cm以内に梱包。ハードケースで。
重量は20kgまで。機内持ち込み手荷物は7kgまで。
何度も荷物を体重計に乗せながら、持っていくものを取捨選択する。
国際線では切符は安くても、預け荷物の重量オーバーは容赦してくれない。
1kgあたり片道2000円の料金を取られる。
10kgも越えようなら往復で4万円。航空券よりも高くなる。
そのような間抜けはしたくない。
これは冨田師匠から厳しく躾られた美学。
以上旅行準備終わり。


体調の準備状況は、年初から計画していたのに、いろいろとつまずいた事が多く、十分な練習ができていない。
まず夏の終わりにはたちの悪い風邪にかかり完全に抜けるのに3週間かかった。
次に横向きに寝ているときに膝が重なり、膝内側の靱帯を痛める。
鵞足炎というらしい。
ちいさい座布団を股に挟んで寝るようにしたら少しずつ治っていった。


もう一つモートン病というヤツ。
走ったり歩いたりしたときに足裏にしびれを伴う痛みが走る。
これは横方向の扁平足が原因らしい。
足指付け根が左右に膨らんで真ん中にくぼみがある。これが正常。
このくぼみが不十分で扁平だと神経根を圧迫してしびれ痛みが走るようになる。
対策は扁平足を矯正すること。
足の、結んで開いて運動を暇さえあればやる。
2週間も続けると少しずつよくなっていった。


シューズは標準型からオーバープロネーションに変えてみる。
つち踏まずが盛り上がっているヤツです。
さらに試合用、練習用、さらに日常の靴もすべてハマックス中敷を装着。
これでやっと走れるようになった。
4月の伊達ハーフは足のメンテナンスが間に合わず。ようやく函館ハーフマラソンをぶっつけ本番のような感じで出走して完走できた。
タイムはどうでもよい。走れただけで幸せ。


バイクは天候不順で、仕事の都合がついて練習できそうな時に限って雨にたたられる日が多かった。
スイムはタマ(マッキー、槙本美恵子)の練習につきあい、そこそこ泳ぎ込むことができた。
今回の参戦ツアーの仲間はケイシンズ(シンチャン 、ケコチャン)が同行。
シンチャンもいろいろと足のトラブルがありようやく治って走れるようになったばかりとか。
タマはカテゴリ3人しかいないが、若いカテゴリからあがってきたばかりの4歳年下のWさん、闘志まんまん。
オーストラリア人でハワイ常連のPWさんと強敵ぞろい。
相手が好調なら無理っぽい。
まあ楽しくやろうじゃないか。
ということで9月28日出発となる。



◆◆◆ 旅行編 ◆◆◆

9月28日水曜日

相馬さんに送ってもらって函館空港へ。

長年すんでいるが初めてはいる国際線待合室。

2時間待ちでなんとなく眠い。

シンちゃんとケコちゃんです。



日本人はほとんどいない。おそらく我々一行だけではないか?

荷物を預ける。

バイクケースを預け超過料金なしで無事通過。

パンパンに膨らんで7kgちょうどになっているリュックを担いで荷物のチェックイン。

リチウム電池の安全証明書を握りしめていたが、あっさりと通過。

出国手続きをして、出発ロビーへ。

中国語が飛び交うが、なぜか聞き取れない。チーがツー。ディアールがディエン。

まどなど、標準語なのだが南方訛りがある。

現地でつたない中国語が通じるかどうか聞き取れるかどうか不安になるが、なるようになるでしょう。

ほとんど台湾の人たちばかり。

台風の影響で飛行機が遅れて2時間ほどよけいに待って出発。

時間ぎりぎりを攻めれば当日に澎湖(Penghuポンフー)に渡れるかも。

という計画も立てていたが、なにが起こるか解らないのが海外旅行。

無理をせず、台北に一泊して翌朝澎湖にわたるよう手配していた。

正解。

台北の桃園空港に到着。ここは日本でいえば成田空港に相当。


日本での羽田空港に相当する松山空港近くのホテルに移動。

CityInnHotel MinquanFuxingLuという空港に一番近いホテル。

物価が安いのでタクシーでもよいのだが、バイクの大荷物運搬が困難。

4人づれバイク3台なので、どうしても分乗することになる。

公共の路線バスに挑戦。

バスのお腹にバイクが全部乗せられます。

1840という系統のバスに乗って 、終点松山空港の一つ手前の停留所で降りて、

ホテルまで徒歩460m。

GoogleEarthで予習したとおりの景色。

バイクケースにリュックを乗せて、ゴロゴロと転がしながら移動。

ちゃんとホテルに着けました。

近くのレストラン街も下調べしていたもののもう夜も遅い。

コンビニがすぐそばにあり、そこで夜食を買い込んで、その日はお休み。

翌日のタクシーの予約とモーニングコールをフロントに頼んでおく。

英語が少し分かる人で、お互い少しずつの英語と中国語両方を使ってなんとか確実に予約完了。



9月29日木曜日
早朝、予約したタクシーが時間通りに到着。
一台はふつうのセダン。これにバイク一台と二人。
もう一台は座席3列のミニバンタイプ。これにバイク2台と二人。
二手に分かれて松山空港に移動。
5分で着いて、タクシー代金も日本の半分くらいだった。
遠東航空という会社の飛行機に乗る。
ここはバイクケースとリチウム電池について何度もメールのやりとりをした会社。
比較的大きなジェット機で、バイクケースに関しては数百円の超過料金は取るが、断られることはない。
リチウム電池は機内持ち込み。安全証明書を持っておくこと。
端子をむき出しにしないで、絶縁テープで覆っておくことなど。
これらの条件が付いて いた。
規定の安い超過料金を支払い、持ち込み荷物はあっさりと通過した。
辞書をひもとき読み込んだ中国語の荷物規定。何度もやりとりしたメール。
証明書をすぐにFaxしてくれたシマノの技術者。
いろんな苦労が思い浮かんだが、飛行機は上昇したらまもなく下降とあっけなく40分の短いフライトは終了した。


馬公空港。
2台のタクシーを選ぶ。
一台は順番待ちで一番前のセダン。
もう一台はパオチェンと断って一台飛ばして3台目に並んでいたミニバンタイプを指定。

セダンにバイク1台。ミニバンにバイク2台。と分乗。
2台でホテルに向かう。
ホテルは、レースの会場と下町の境目にあり、レース行事と街歩き両方に便利な位置を選ぶ。
雅林Yalinホテルがもっともよい位置にあったが、すでに旅行会社が押さえていた 。
そのとなりの快楽渡暇村HappyHotelというのがとても便利。
茨城の西口明子さんのおすすめもありそこに決めた。


ホテルのチェックインまでまだ6時間もある。
フロントに立ち寄り、予約票を見せる。
荷物を置かせてもらい、レンタカー店を紹介してもらい原付を2台借りる。
台湾では原付も二人乗り可能。
日本の免許証にJAFの中国語訳をつけた証明書があれば運転可。
勝手に中国語訳をつけてもだめ。JAFのお墨付きが必要。


原付で島のすみずみまでフットワークよく見て回れる。
コースの下見も、観光も大丈夫。
宮古島より小さい離島とタカをくくって簡単に考えていたがとんでもなかった。
ホテルやレース本部のある島の中心部 は馬公市という。
村でも町でもない。おみそれしました。
車と原付があふれている。ものすごいラッシュ。
道が入り組みすぐに迷ってしまう。
ナビ付きの四輪車をかりて、すぐに郊外にでて。というのが正しかった。
ナビの中国語音声が聞き取れるのなら、という条件付き。
後ろに乗った女性陣が怖くてもういや。タクシーを拾って帰るという。
私とシンチャン男性陣は原付でともかくホテルを目指す。
シンチャンがiPADを持っており、立ち止まってはナビをみて進んでいた。
女性陣にナビを渡して分かれる。完全に道に迷う。
自動車の修理工場のようなところに人がいたのでホテルへの道を聞く。
HappyHotelといっても通じない。
現地語の快楽渡暇村クワイラードウジ アツンといわなければ通じない。
ようやく通じて、この道をまっすぐ、信号を4つ越えたら右に曲がれ。
港に着くからまたそこで聞け。
ようやくこれだけ聞き取れて、進む。
途中から空港からのタクシーで通った道に入り、その後は迷わずホテルに帰れた。
女性陣がまだ帰っていない。
長くはないが、気持ちとしてはとても長く感じる不安な時間を過ごす。
携帯も通じるように設定していないし、待つしかない。
やがてタクシーではなく、親切な現地の人が自家用車で送ってくれて戻ってきた。
お礼も受け取らす、名前も言わず立ち去っていった。どなたか知りませんが、非常謝謝。
この島の人たちはとても人情深いのだなと感心した次第。
原付はちょっとした用足しのみに 使う。
後はコースの下見、観光、バイク預託、レース当日のスイム会場への移動。
すべてタクシーを使うことに決めた。
料金は非常に安かった。
日本の半分よりさらに少し安い。
観光は6時間貸し切りで3500元(1万円くらい)。


レンタカーを乗り回すのは何度もきて、土地勘ができてからですね。
あとナビの中国語のヒアリングトレーニング。
残念ながらタクシーは流してなく、拾うのはまず無理。
ホテルやレストランから電話で呼んでもらうしかない。
計程車ジーチャンチャーと言えば通じます。
ちなみに辞書にある出租車(チュウズウチャー)は通じないようです。あとは身振り手振りで。
ホテルで食堂のあるところを聞いて、昼食に出かける。
海鮮専門の食堂。店の前に水槽があり、なにを食べたいか指を指して決める。
やがてできあがってくる。
見た目怖いものもあるが、食べてみると抵抗なく口にはいる。
ほかの人のブログでは澎湖島では塩辛いものが多いとの記述があって心配したが、比較的薄味で安心した。

エキスポと受付会場に行く。


台風の影響で、船便が遅れ、まだ機材が全部届いていないため受付は明日からというポスターが貼ってあった。
なんでも、まだタイミングチップは船の上らしい。
エキスポでCO2ボンベを2個ずつ購入して帰る。
バイクの荷をほどいて、組み立て整備に入ろうとする。
ホテルのフロントの人が15:00チェックインだが今から入ってよい。
13:00で2時間繰り上げてチェックインしてもらった。


ファミリータイプでダブルベットが3つもある。

部屋でバイクを組み立てる。
相変わらずリアディレイラーの取り付けとチェーンを通してつなぐ工程に苦労する。
バイクケース3辺合計203cmを守るとどうしてもこうなる。


これはシンちゃんが梱包したバイク。傷ひとつつけさせない、完璧な梱包。

 

バイクが組みあがり、試乗する。トラブルはないようだ。
一休みして夕食へ。
あらかじめネットで調べておいた花菜干餐廳ホワツアイガンツアンティンという店に行く。
骨董品が山とおかれた棚に囲まれて食事。


骨董品に囲まれたアンティックな室内。

なかなか美味でした。


行きはホテルから呼んだ計程車。帰り、レストランから呼ぶと30分ほど待たされた。
帰りのタクシーも1時間半後にまた来てくれと頼んでおいたほうが良かった。
これは帰ってから気が付く。旅行中なんども懲りたことでした。
帰りは遠回りをして、下街の真ん中 、古い町並みが残る場所。
中央老街。


四眼井に行く。


街の中心に井戸があった。

人口が増えて混雑してきたので、東西南北住居の方向別に井戸を分けて、4列に並ばせた。

澎湖が栄えた象徴です。

 

ここは夜になると店の前が赤い提灯でイルミネーションされとてもレトロで面白いところ。
摸乳巷(乳すり横丁)という狭い路地もある。
これは横向きに歩いて、乳が壁に擦れるような狭い路地。という意味らしい。
我が女性陣においては擦れる心配はなかった。
英語訳でgentle man's alleyとあったのは笑った。


乳すり横丁の看板。

 

レトロな街を散歩して、ホテルまで歩いて帰る。2kmくらい。
フロントで明日の段取りを頼んで、部屋に帰り
バタンキューと眠った。

 

9月30日 金曜日
本日の段取りは
9:00-15:00までタクシーをチャーターしてコースの下見と観光を兼ねる。
帰ってきたら受付をして参加登録とゼッケンなどの物品を受け取る。
夜はカーボパーティ。
予約したタクシーが来る。
にこやかなおばさんとおねえさんの中間くらいの人。
ほんのりとリラックスできる。
コースマップを渡して、まず、スイム会場へ。
Sili Beach.
小学校があり、100mくらい下るときれいな砂浜のビーチ。
サンゴが砕けた白い砂。


タクシーはそのまま待ってもらって、水着に着替えていざ試泳。
台風の後でかき混ぜられたのか、透明度は少し低下。
それでもとてもきれいな海。微風。
ピーカンのスカッ晴れ。
肌を焦がす日差し。湿度の高い重い暑さ。

例年はこの時期もう少し涼しいらしい。

台風が熱風を運んできたのか?

フェーン現象というのかな?
黙っていても汗が噴き出して流れ出す。
台風のなごりで海は少し荒いが、スイム中止になるほどではない。
波打ち際は身長より少し低いくらいの波が砕ける。
沖はうねりがある。
波打ち際の波が大きく砕けそうに盛り上がった。
その波のお腹に飛び込む。
蹴伸びの要領でまっすぐになって浮かぶまで待つ。
ちょうど次の波の頂点をやり過ごした感じ で浮かび上がる。そこで泳ぎ始める。
これをタマと何度も練習する。
水温は高く、ぬるい。あきらかにウェットスーツは禁止になる水温と思った。
1時間近く試泳をして、着替えてタクシーに戻る。
ここから観光を兼ねてバイクコースを一回り。
山のない島。
フラットコースと思っていたが、意外にアップダウンがある。
引くほどのアップダウンではなく、アクセントがついて退屈しないくらい。
フロントもアウターだけで足りそう。
と思った。
当日、インナー34、後ろ25まで使って、ヒーヒー喘ぐ事になる。
後28まであればいいのに。とまで思い、苦しむことになる。
その事をまだ知らず幸せな気分でいた。
軽い登り、速20k以上を保ち軽快に、下りは40k以上で下る。
これはアベレージ30km近く出せそう。
車のクーラーで涼みながら、そう楽観的に考えていた。
中間地点で車から降りて付近の観光へ。
暑い。只事ではない暑さ。体温に近い気温。
大菓葉玄武岩:奇岩で壮観。


二崁古厝聚落:古い町並みをそのまま保存してある集落。


タイムスリップした懐かしい感じ。


猫専用の出入り口です。

これこれ、おいたはいけません。あいては人形です。

犯罪ではありません。

 

などのスポットを見て回る。清心飲食店で昼食。
澎湖に行ったときは蒋介石もここで食事をしたとか。
由緒ある店らしい。
刺身だけはハマチのような脂が乗った南国の魚。
新鮮だが、食べなれていない味。

4人で1人前を味見しただけ。

チャーハンや麺類はとてもいい味だった。
比較的薄味で、抵抗なく食べられる。
これは台湾全体に言えそう。
総じて美味でしっかりと昼食を摂れた。

米はユメピリカやフックリンコなどの美味道産米に慣れている身には少し物足りないものの、タイ米などのような長い米ではなく、もちもち感のある日本米と同じ品種で、ハワイで食べるまずい米よりはずっとまし。

 

カジュマルの大木。これで一本の木です。

木陰で一息。

 

最後に昨夜見た中央街をみて終わる。
ホテルに帰ってから、会場に向う。

参加登録してゼッケン、トランジッションバックなどを受け取る。
バックの中身を点検。
ゼッケンベルト、自転車シートポスト、ヘルメット
トランジッションバックにゼッケンを貼り付け準備。

 

 


ゴールゲートで記念撮影。はたしてここを通れるか?

 

少し時間があるので、原付に二人乗りして街を探訪。
気ままに走り、土地勘を養う。右側走行にも慣れてきた。
夜はカーボパーティ。非常に豪華な食事。
結婚披露宴並みの豪華さ。こんなの初めて。感激。


カーボパーティの食事。ゴーカです。

茨木の西口明子さんも合流する。
仙台の汐本登志夫さんと同席。
75歳カテゴリーでペースメーカを入れている。
過去8回ハワイチャンピオンシップ出場歴のあるツワモノ。
今回出場を目指して旅行計画をたて、痛めた脚が治るのを待っていた。
まにあわないで、出場は断念。
せっかく綿密な旅行計画を立てたので、やってきたとのこと。
レースを見物して皆さんを応援するとのこと。
われわれと同じHappy Hotel。
ここを選ぶのは個人手配のディープな旅行マニア。
小さいノートをふたつ見せてくれる。
一つは、知り合いや、めぼしい選手のゼッケン番号、戦歴のメモ。
うちのタマが自己紹介すると、ああ、よく存じてます。
スイムの遅い人ですよね。
他の選手もギッチリとメモがしてあった。
もう一冊は中国語常用単語のメモ。カタカナで読みを書いてある。
体だけではなく、知的エネルギーにも感服した。
きっと復活してコナのスタートラインに立つことでしょう。
おいしい食事をたらふく食べて、夜は早めに眠る。

 

10月1日 土曜日

今日はバイクチェックインとランバックの預託。

それと競技説明会。
ジャパンやセントレアみたいに、競技説明会を受けた後でなければ
バイクチェックインや登録ができないなどと野暮なことは言わない。
おおらか。
おかげで、登録受付や、バイクチェックインも並びの列が少なくストレスなく済ませることができる。
性善説でやってくれている。日本のレースよりストレスが少ない。是非見習ってほしい。
空き時間が多いが、無駄に動き回って疲れを貯めたくない。
早朝、まだ朝食が出る前に朝市を散歩。スペシャルエイド用の果物を買い込む。

朝市です。

 

さらに原付でもう少し広域な散歩をする。
早朝は道路がすいていて走りやすい。
朝食後は 、バイクチェックインの準備。
ホテル近くにあるバイクゴール地点のスタジアムにランバックを預託。
また原付で散歩(散走?)。
旧日本軍の居住地跡を見つけた。
きれいに整備されており、観光スポットになっている。
中国本土や韓国なら真っ先に壊されて跡形も無くなっているだろうに。
日本の統治時代を恨んではいない。昔も今もとても友好的。
こういう光景をみるとホッとする。
台湾では日本人はとても好かれており、とても居心地が良い。
昼は中央街のオシャレなカフェでパスタをいただく。


ここのパスタとコーヒーは美味でした。

海鮮料理に飽きたら、お昼はここで。

 

台湾では何を食べても水準以上で安心です。移動は原付で疲れない。
大会オフィシャルのシャトルバスはバイク輸送不可。

バイクチェックインは基本的に自走することになっている。

無駄に疲れたくないので、バイクチェックインは自走ではなく、タクシーを予約して運んでもらった。
12km走るが315元。 日本円で1000円もしない。
帰りは大会本部のシャトルバスを利用。結構待たされた。


出来上がったスイムゴール。

 

タクシーは帰りの分も予約しておくべきだったと反省。
さて後は夕食を食べてぐっすり休んで、、、、、
のんびりした澎湖島。
どこもすいていた。
ところが今日だけは違う。
どこも満席。
しまった!痛恨のミス。
ケイシンズは彷徨って疲れたくない。
コンビニで弁当を買って食べるということで別れる。
茨木の西口さんと連れのYukiさんが機転を利かす。
朝市の真ん中にきれいではないが地元の人用の食堂がある。
函館でいえば朝市の中の食堂。
見た目はきれいではないが、流行っており味は良いはず。
お昼に食べてみて、とてもおいしかったとのこと。
走って予約してくれる。ごはんと、名前の知らない麺を食べる。


薄味で美味。きれいに平らげることができた。
ホテルに帰り、明日のスタート会場行きのタクシーを予約。
眠れそうだが、念のためマイスリー1錠服用してバタンキュウと眠る。

 

◆◆◆ スイム編 ◆◆◆

2016/10/2 日曜日

3:30 モーニングコールで目覚める。

すぐにバイクショーツを着込んで身支度。

ストリートバック、バイクバック、ヘルメットを持って、ロビーへ。

朝食はホテルで用意する予定であったが間に合わず。

大急ぎでコンビニで買い集めたパンなどが積んであった。

それならこちらも別の準備をしていたのに。

と恨み言が口に出そうになるが、

朝食を用意しようとした心意気だけでも感謝しよう。

ジャパンではどのホテルも朝食を用意してくれなかった。

日本では最初からその気がない。

それよりましだ。

ここは契約や約束で縛るのではなく、自発的な善意が優先する土地柄。

古き良き時代の日本の良さを残しています。

部屋に戻り湯を沸かし、レトルトカレーとパンを詰め込む。

4:30 予約していたタクシーが来る。

315元。早朝を無理言ってきてもらったので倍払うと申し出るも受け取らず。

こういった処は台湾の人たちは誇り高い。

チップも受け取らない。

押し込むように500元を渡す。謝謝と感謝される。

昨日の協議説明会で水温24.3度ということで、ウェットスーツOKになった。

涼しそうな袖なしのウェットスーツを着る。

バイクジャージの肩と袖が外にはみ出ている。

エイジのスイムスタートはスイムが早いと思う人の順に5秒おきに8人くらいずつウェーブスタート。

スタートマットを踏んだところで計時が始まる。後ろに並んでもタイムロスなし。

これはいいシステムだ。自分の番がくる。

 

スタート。

バイクジャージの袖が擦れる。肩のところで水の抵抗が増える。

濡れた袖が腕の回転を妨げる。

トランジッションタイムを節約しようと思ったがそれ以上のタイムロスがありそう。失敗した。完全はありえない。

 

致命的ではない数多くの小さいミスを克服するのもアイアンマンレース。

事態を受け入れ、気持ちまで折れないよう鼓舞する。

脇が擦り剥けて痛いのを我慢しつつ泳ぐ。

スタート時の大バトルがない代わりに、いくら進んでも周りに必ず4-5人くらいは居る。

小さなバトルがずっと続く。平泳ぎが多く、お腹を蹴飛ばされないよう気を付けて泳ぐ。

周りの人たちは後ろに付いてドラフティングしようと思うほどいい泳ぎはしていない。

同格か格下。もう少し前に並べばよかった。

自力で泳ぐ。

波は少しあるがストレスになるほどではない。

潮の流れも少し。

1週で丘に上がり計時マットを回って再び海に入る。

ケコちゃんが応援してくれる。

ワセリンを擦り剥けた脇に塗ろうと思い、医療エイドでワセリンと叫ぶが通じない。

油(ヨウ)というと、オリーブオイルのようなものを手に垂らしてくれた。

中国語では固形の脂ジと油ヨウは区別していたことを思い出すがもう遅い。

脇に塗り込む。少し楽になる。ヨウでも役に立った。

手に油が付いたままだと、手のひらから水が逃げてタイムロスすると聞いたことがある。

砂を拾ってゴシゴシとこすりなるべく油を落として再び入水。

 

2週目。

周りに人が絶えないが、折り合いをつけ淡々と泳ぐ。

位置の入れ替わりはほとんどなくなる。

逆潮と思われるところも、ブイロープが気持ちよく後ろに流れるのが見える。

悪くないタイムで上がれそう。

着込みミスがなければ自己ベストを出せただろう。

やがて最後のブイを曲がり底の砂が見えてくる。

横では立ち上がろうとしているがまだまだ。

手が砂につくまでは泳ぐ。手が砂につく。

このときのホッとする気持ちは何度出ても格別なもの。

砂浜を上がる。

大きな桶があり、水をかけてくれる。

ウェットスーツを脱いで、バイクウェアの塩を落とす。

バイクショーツの腰を引っ張り伸ばし股に水をかけてもらう。

女性のボランティアだったが嫌がらないでやってくれた。謝謝。

決してセクハラではありません。

股の塩を抜いておかないと、股ずれを起こしたとき因幡の白兎状態になりひどい目にあうのです。

分かってくれてありがとう。

ちなみにセントレアはスイムから上がったときシャワーも洗うところも一切ない。

ハーフなら因幡の白兎も何とか我慢できる。

フルなら相当の苦痛になり、リタイアの原因にもなりかねない。

バイクバックを取って走る。

バイクラックに着く。

靴を履いて、ヘルメットをかぶり、サングラスをかける。

ロングなのでバイク手袋もつける。

ウェットスーツをバッグに収めて所定のところに置く。

スタートラインまで自転車を押していく。

さあスタート。

スイムタイム

西口明子 1:23:16

中西新一  1:25:45

槇本 深  1:34:53

槇本美恵子 1:53:47



◆◆◆ バイク編 ◆◆◆

ヘルメットは勇ましい、流線型のやつ。

たしかルイガノといったか。

風切り音がシューと鳴る。

ふつうのヘルメットではゴーっと鳴るから、確かに空気抵抗は少ないのだろう。

タイムアップが期待できる。

ただ通風孔が少なく真上にない。

順調に走っていればヘルメットの中を、前から後ろへ空気が流れて冷やしてくれる。

ただ、アップダウンの多いコースで登りで遅くなり風が止まった時暑くなる。

澎湖はフラットなコースと思っていたので迷わず、これを選んだ。

暑い。ぼたぼたと汗がほとばしる。

水を飲み、塩昆布で塩分を補う。

小さな一口で食べられる餅でエネルギー補給。

澎湖は四つの島が橋でつながっている。

 

スタートから30km。本島の出口。

次の島に渡る橋の前に折り返し点がある。

ここから往復45kmを3往復して帰る。

ここまではアベレージ30km弱くらいで走れていた。

このペースなら十分に余裕ある。

周回コースに入ってから暑さも増して徐々にダメージが溜まる。

水を体にかけて冷やすが、忌々しいことに頭に水をかける事が出来ない。

ヘルメットを呪う。

ボトルを持って穴を小指で探して穴から水を注入しようとする。

なかなか難しい。

時々うまくいくと生き返る。

普通のヘルメットだったらてっぺんから楽に水をかけることが出来るのに。

塩と、水と、エネルギーはなんとか摂っている。

生にんにくをかじって活を入れる。

アベレージ25km位に落ちてくる。

 

2週目。

意識が朦朧とする。気が萎える。

追い風が吹くと体に当たる風が止まる。

とたんに頭が蒸れてくる。

ペダルは楽だが体が熱くなる。

向かい風は涼しくてよい。生き返る思い。

登りを何とか漕いでくだりは足を止めて休む。もうふらふら。

追い風を呪うなんて初めての経験。

木陰では自転車を置いて寝転んで休んでいる人も多い。

休みたいが、ランが遅いので休んだらアウトだ。休めない。

 

2周回目アベレージ20kmを切る。

時々自転車を止めて、ヘルメットを取って頭から水をかぶる。

タイムロスが忌々しいが、こうしないと倒れてしまう。

 

3週目。

128km地点にスペシャルエイドがある。

そこまでがんばろう。

スペシャルで大きな青みかん3個を一気に食べる。

顔をしかめるすっぱさだが気持ちが良い。

たっぷりのクエン酸とミネラルを補給し、体が生き返る。

再び周回アベレージが20kmを超える。

エイドステーションで空いたボトルを投げようとしたら、不要!不要!プーヤオとボランティアが声をかけてくる。

いらないではなく、だめ!という意味です。

ちなみに、いらないは不用(プーヨン)。

ボトルが品切れ。

エイドステーションは補給車が巡回しており、一時的に不足しても、帰りにはちゃんと補給されていました。

ボトルを1個は捨ててしまい、もう1個を捨てようとして、思いとどまる。

水はある。ボトルがない。手持ちのボトルに入れてもらう。

ここから水は大事にしなければならない。

飲用のみとし、体にかけることは出来ない。

 

最後の周回。

最後だと思うと何とかがんばれる。

郊外の周回コースが終わり、市街地に帰ってくる。

あと少し。ゴール近く。

シェラトンホテル前のプロムナードでシンちゃんとケコちゃんが応援してくれる。

あれ、シンちゃんはリタイアしたのか?

よれよれふらふらになってゴール地点の競技場に到着した。

ラン7時間残しに少し不足してゴール。

バイクタイム

西口明子 6:03:03

槇本美恵子 8:04:09

槇本 深 8:15:58

中西新一 5:08:52(118km地点)



◆◆◆ ラン編 ◆◆◆

どんなに疲れていてもキロ10分で走れる。

だから7時間ランのために残せれば勝利。

残った時間は貯金。足りない時間は借金。

約10分の借金からスタート。

ジャパンでは15分の借金でスタートして勝利した経験もある。

どこかリズムがついたところでキロ9分で10キロほど走れれば借金を返すことが出来る。

トランジッションを少し進み、バイク手袋したままであることに気づく。

戻るのはもったいない。

調子が良くて間に合いそうなら捨てよう。

とりあえずバイクジャージのポケットに押し込む。スタートエイドに氷がある。

後ろにヒラヒラのある日本兵帽子に氷をたっぷりと入れてもらう。

生き返る思い。走り始める。

 

シンちゃんとケコちゃんが送ってくれる。

たっぷり時間ある。間に合うよ。と励ましてくれる。

バイクで疲れきっている。

今すぐキロ9分で借金返しは無理。元気な人の歩きより遅い。足が進まない。

キロ12分か13分か?

借金が増える。これは無理だ。

 

ともかくせっかくきたのだからコースを全部見てみよう。

走っているうちに奇跡が起こるかもしれない。

夕方から涼しくなるとペースアップも出来るかもしれない。よれよれで走り続ける。

帽子の氷が全部溶けると熱がこもってきて具合が悪くなる。

きっと血液が熱くなっているのだろう。

熱中症の一歩手前か。

ともかく体を冷やしたい。

水風呂に飛び込めたら気持ちいいだろうな。行けるところまで行っておしまいだな。

ただ自分からは辞めたくない。

マーシャルに辞めさせられるのは仕方ない。

自分からの自発的なリタイアだけはしたくない。

 

2キロのエイドステーション。氷はない。

再び頭に熱がこもってペースが落ちる。

4キロのエイド。氷があった。

すこし走れるようになった。からだも少しずつ元気になってきた。

間に合うのは無理そうだが、コースを1往復する元気くらいは出てきた。

全部歩いてもコース閉鎖までには帰ることが出来る。

 

エイド補給車が忙しく走っている。

氷を補給してくれている。

やがて太陽が傾き、少し暑さが減ってきた。周りをみる余裕が出てきた。

いろんな人の走りを見る。超ビキニでサービス満点の女性が駆け抜ける。

見事なプロポーションでお尻の筋肉が美しく躍動している。

背中もモデル顔負けに美しい。

ついていけたら長く見られるのにと思いながらも、目を楽しませてもらった事に感謝し、元気をもらう。

日が沈む。

 

あれっ。

元気いっぱいになった。

涼しくなったし、氷帽子で熱中症一歩手前も治った。

おそらくバイクで辞めてホテルで休んでいたとしても、ここまで元気に回復はしなかっただろう。

ランが強張った筋肉のほぐしになっている。

氷帽子が体を冷やしてくれる。

大会の熱気が気分をハイにしてくれる。それとサービス満点の女性ランナー。

 

時計を見る。

さっと計算。

間に合うためにはキロ8分台でがんばる必要がある。

物理的に無理。

だが、辞めさせられるまで楽しんでやるぞ。ともかく走れるようになった。

あれ、もう折り返し。意外と近く感じた。

そして帰路も軽快に楽しく走れた。

周回の折り返しに到着。

たぶんここで辞めさせられるなと思う。

あれ、行かせてもらった。つかまるまで走ってやれ。

面白い。

 

2周回目、1キロくらい走ったところで2台の原付が追ってきた。

男女のマーシャルが二人。

男性が欧米人、女性が台湾人。英語と中国語でそれぞれリタイア勧告。

がっかりしたが、粋な計らい。

ゴール地点に無線で連絡しておく。引き返してゴールしても良い。

無断でやると反則行為だが、マーシャルが許してくれた。好意に甘えよう。

ゴール直前でゴールを避けて入るか?

そのままゴールするか?

せっかくの好意、ゴールすることにする。

 

公式にはもちろんDNF。

だがゴール写真とフィニッシャーTシャツとメダルはもらえる。

厳しくは何の価値も無いとも言える。

まあ辞めさせられるまでがんばったご褒美ということにしよう。

と自分なりに折り合いをつける。

ゴール近くでシンちゃんとケコちゃんが応援してくれる。

ありえないタイムなので1周回で帰ってきたことはわかっているみたい。

ゴールの競技場周辺に着く。

 

恭喜ゴンシ。恭喜!

おめでとう!

congratulation!と声が掛かる。

本当のゴールなら満面の笑みで答えるが、ちょっと気恥ずかしい。

それでも半面の笑みを返しながら進む。ゴールの花道。

Fukashi Makimoto!

congratulation!

とアナウンスしてくれる。

いつものウィットさんだ。

ただ

You are an ironman!のコールは無かった。

ゴールで一休みして、

外に出て、シンちゃんケコちゃんと合流。タマのゴールを待つ。

少し前にタマと同じカテゴリのWさんがゴール。

ハワイゲットは次のアモイXiamen70.3までお預けとなった。

やがてタマがゴール。

もう一度競技場に入り、自転車やトランジッションバックを受け取りホテルに帰る。

シンちゃんケコちゃんもいっしょに、ビールとカップ麺で乾杯し、バタンキューと眠る。

 

ランタイム

西口明子 4:49:56

槇本美恵子 6:14:39

槇本 深 4:12:10(21km)

槇本 深 ランスプリット(こんなもの見たくないという人が多いでしょうが、
私としては、ランで息を吹き返すことができた証で次につながる大事な記録です。Athlete trackerが消える前に写しました。)

1km 13:34 13:34/km

6km 1:05:46 13:09

11km 58:17 11:39

16km 55:48 11:09

21km 58:45 11:45

 

完走者Total 記録

西口 明子 12:25:51  1位 ハワイゲット

槇本 美恵子16:25:45 2位

タマは出発前の大掃除、ゴミ出しで腰をひねり肉離れ。

痛みを押しての出場でした。

せめてスイムだけというつもりだったが、全部走っちゃいました。

スイムも少し進歩して、危なげなくなってきています。わたしともども次につながるレースでした。

西口明子さんはさすがでした



◆◆◆ アフターレース ◆◆◆

10月3日月曜日

アワードパーティがミュージアムで開催。競技場や体育館の近くらしい。

ボランティアに聞く。なかなか要領を得ない。

どうもバンケット会場の方を案内している。シャトルバスがどうのこうのといっている。

ほかの人に聞こう。年配の選手が歩いてくる。きっと台湾人だ。

あの人日本人じゃないみたいね。とタマがつぶやく。

私日本人です。と答える。

あちらです。とすぐ隣の建物に案内してもらった。どうもどうも、とお互いに苦笑。群馬の木村さん。

 

この後の海遊びも同行することになった。公会堂、音楽会、演劇場などを兼ねたミュージアム。その人は一人できており、ここから合流する。タマがカテゴリ2位で表彰される。

左は脇本さん。ハワイゲットおめでとう。タマは右。

西口さんはぶっちぎりの優勝でハワイゲット。

 

タマは女性完走者の中で最高齢だった。

過去35年のアイアンマンの歴史でもっともタフな大会だったと総括された。

完走者は自慢してよい。

といってくれた。

自分のカテゴリ。10名出走。完走者わずか4名。全員表彰台に。

表彰は5名。

完走さえすれば表彰台に上がれたことになる。

いろいろとレバタラが頭をかすめる。

スイムでシャツを着こんで袖がはみ出していたミス。

10分。

バイクで暑いヘルメットをかぶって、水で頭を冷やせなかった。

20分。

いややめよう。完璧はありえない。

小さなミスがいくつかあるのがトライアスロン。

今後の教訓とするが、くよくよ考えるのはやめよう。

タフなコース。一つや二つのレバタラでは追いつかない。

しかし、ランで回復できて元気に楽しめたこと。これは自信になった。

スピードはさておき、まだタフさは衰えていない。

ダイエットが成功すればスピードも蘇るだろう。

まだやれる。

この次は。と思った。

すぐに、バンケットに移動。

カーボパーティと同じ、安得レストランへ。

またまた豪華なコース料理。おおいそぎで掻き込み

ホテルへ。

13:00にタクシーが迎えに来る。

お任せで、シュノーケリングツアーを申し込んでおいた。

出発。

遠い。

北の端の港に着く。

おいおい。

そこから船に乗って吉貝島へ。

高速船であっというま。

船着き場で、帰りの船は4:00という。

あまり時間がない。

穴だらけでナンバーが付いていないおんぼろバスに揺られる。

10分でビーチに到着。

救命胴衣を着る。バナナボートに乗れという。待って、時間がない。

シュノーケリングをすぐしたいという。

そしたら、放っておかれた。

いろいろと文句を言うが十分に伝わらない。

シュノーケリングは沖に小舟を出して船につかまってするのだそうだ。

船まで300mくらいか。

泳いで行ってもよいか?と尋ねる。

ここは遊泳禁止だ。と答えが返る。

なんと!ビーチで泳げないなんてなんなんだ。がっかりする。

待つしかない。

待っている間、退屈しないようにもてなしとしてバナナボートだったようだ。

余計なことを言わないでお任せで良かったのだ。

半端に通じるとややこしくなる。

 

やがて小舟が戻り、船に乗りシュノーケリングが始まる。

船からバーが突き出ており、それにつかまって海底を見る。

手を放して船の周りを泳ぎながら見ようとしたら、

猫のように救命胴衣の首根っこを掴まれ、

強制的につかまるバーに戻された。

猫じゃないぞ!とつぶやくも無視される。

インストラクターのお兄さんは結構怖い顔をしていた。

安全第一ということらしい。逆らってはいけない。

しかし、過保護で面白くない。

勝手に泳いで見たかったが仕方なかった。

泳げない人でも参加できる海遊び。

そんな厳重安全管理のビーチでした。

 

フロントにお任せではなくもう少し注文を付けておくべきだった。

時間が少ないので近場。

自由に泳がせてくれる。

この条件を示しておかなかったのがミス。

しかし細かい注文を付けると言葉の不自由さから、どんどん変な方向に行くことが多く、むつかしい。

シュノーケリングが終わったらバナナボートでビーチをひとめぐり。

時間終了。

お迎えのぼろバスに乗って、港へ。高速船で本島北端の港に戻る。

帰りのタクシーを頼む。30分待ってやってきた。

教訓。

タクシーは往復予約しておくこと。

とんだ珍道中だったが東京の木村さんはこれもまた一興と楽しんでくれた。

紳士です。

ホテルにもどり、バイクの梱包など荷物整理をしてホテルをチェックアウト。

荷物はサービスで預かってもらう。

11:00のところ17:00チェックアウト。

1000元(3000円)のエキストラチャージを払った。

朝市の中の食堂で夕食。水餃子と刀削麺を食べる。

なかなか美味でした。

刀削麺と水餃子です。西口さんと私。

 

タクシーを呼ぼうとしたら、ホテルのオーナー(老板ラオパン)が直々送ってくれた。

外国人の長期滞在はとてもうれしかった。

従業員も張り切って頑張った。またぜひ来てください。

とのメッセージをいただいた。

決して一流ホテルではなく中国語しか通じないし、設備もピカピカではない。

官公庁、ビジネス街と下町との境目

絶好の場所に位置しており、ロケーションについては随一といえる。

従業員も誠実に頑張ってくれて、つたない中国語、筆談、身振り手振りすべてを動員して意思疎通を図る。

ここのホテルを選んだ人たちは、すべて個人手配。

身振り手振りと筆談で要件を済ませていた。

みなさんつわものです。

20:10発の華信航空(MandalinAirLine)で台北に出発。

バイク運搬のエキストラチャージは一人240元くらいだったか?

240ドルと言われて米ドル(=100円)かと思いびっくり。

これなら航空券よりも高い。

台湾ドル(=3円)だと言われて安心。

中型のジェット機でスムースに台北に到着。

ここもHPは中国語と英語のみ。

日本の旅行会社さん、ちゃんと調べましょうね。

わずかなオーバーチャージで往復ちゃんとバイクは運べました。

今日の宿泊は桃園空港内にあるノボテル桃園空港ホテル。

台北空港から桃園空港まで。

1840系統のバスで行ける。

案内表示板はわかりやすく、簡単にバス乗り場に到着。

切符はなく、お金を放り込むようになっているらしい。

45分くらいで空港ホテルに到着。

フロントに明日の観光の段取りを頼んでおやすみなさい。

観光という言葉が通じなくて苦労した。

辞書を引いて、観覧という言葉が日本語の観光に相当することが分かった。

途中で日本人の商社マンらしい人が助けてくれて感謝。


10月4日火曜日

ゆっくりと眠る。

8:00くらいから朝食。

きれいな豪華ホテルで、機長や客室乗務員なども多い。

一泊25000円くらいが正規料金らしいが、その半分で予約できた。

11:00に市内台北駅に出発。

2時間くらいかかると聞いていたが、1819系統のバスだと45分で着く。

台北駅に着く。広い。

観光ツアー会社との待ち合わせ場所。

カイザーホテルに行く。

場所を確かめ、地下のレストラン街で昼食。

日本式ラーメンを食べる。

完全に日本味のラーメン。

大きなモニターでいかにこだわって作っているか様子を動画で見せている。

なるほどうまい。

ホテルのロビーで待つ。

支配人らしき従業員が目を光らせ、客でないものは居座るなとのオーラを出している。

こちらも負けじと人品卑しからずのオーラを出す。

ここは気合の勝負。おどおどしたら負け。

なんとか待ち合わせ時間まで40分ほど涼しいロビーのソファーで過ごすことができた。

ツアー会社のマイクロバスが来る。われわれ4人と欧米人2人が客。

ドライバーとガイドさん。総勢8名で出発。

 

完全お任せなので気が楽。

英語と日本語の解説が交互に入る。英語が少ししか聞き取れない。

もっと耳を鍛えなければと思う。

9分ジウフェンというところに行った。

台湾の北端にある、もと金山だった集落。

スペインもオランダも清国も見つけることができなかった。

台湾人と日本人が協力して見つけた金山。

スペインやオランダなら全部収奪したところ。

日本は台湾人と富を分け合った。ともに繁栄した。

日本の評判はすこぶる良い。

これは台湾のどこに行っても評判がよく日本人は好かれている。

とても居心地がよい。

オランダ人というと、嘘つきという意味らしい。

オランダの医者が台湾の娘をだまし結婚の約束をしてものにしたが、帰ってこなかった。

その息子が台湾にきて、美貌の混血の娘に恋をしたが兄弟であることが分かり泣く泣く別れた。

という後日談もあるらしい。

日本でも蝶々夫人で似たような物語がある。

蝶々夫人はもう少しピンカートンが本気になりこどもも引き取ろうとしたりそれなりの誠意を見せていたが、台湾版では、オランダの医者は全く誠意がなかったそうな。

ともあれ、金はすごくとれたらしい。

大金持ちが続出。

台湾で第一号の映画館はここにできたらしい。

台湾第一号の映画館と映写機。

 

豪華な遊郭もあった。

今はお茶屋さんをやっている。

台湾の娘さんが窓から顔をだして妖艶に微笑み、売れっ子の遊女になったつもりになって楽しんでいる。

私高いわよ。ほーっほほほ。といった感じ。

ここは大金持ちがおおくバブリーだったので、遊郭とはいえ悲惨さはなかったようだ。女性陣に行ってみて窓から顔を出してみろ。と提案したが断られた。

すこし遠目でソフトフォーカスで写真をとればいいショットになったのにと思う。四国の金毘羅さんのような街並が続く。

いまは金を掘ってないが、当時の街並みを残し観光地として営業している。

人気ナンバーワンの観光地らしい。千と千尋のアニメのモデルになった鉱山らしい。佐渡の金山と四国高松の金毘羅さんを一緒にしたような感じ。

とても面白かった。

帰りはシーザーホテルでおり、台北駅2Fのレストラン街を物色。

ステーキ屋で夕食。

日本円にして1800円くらいでステーキが食べれました。

うまいけどあまりきれいでない店の食事が多かったので女性陣もご満悦。

バスに乗る。

切符売り場で桃園空港行きを買う。

1819に並ぼうとすると、そこじゃないという。別系統を選んでしまった。

國光という会社のバスが高速道路を通って、真っすぐはしる。

1840は桃園空港と松山空港間。

1819は桃園空港と台北駅。

あまり途中には寄らないで真っすぐ行くので早い。

その他の系統は市内をぐるぐる回って、客を拾いながら走るので遅い。

1819なら45分のところ、2時間近く走って桃園空港に到着。

タクシーでホテルへ。

空港ホテルとターミナルの間はシャトルバスが走っている。

急ぐ時はタクシー。

ホテルからターミナルは近いがターミナルからホテルは一度外に出て入り直す感じで遠い。

一方通行で流れているようだ。

それでもそんなに高くはない。

ホテルに着いたら、明日のモーニングコールとターミナル行きのタクシーを予約してお休みなさい。 



10月5日 水曜日

4:00モーニングコールで目覚め。

5:00タクシーに分乗して第一ターミナルへ。

例によってセダン1台。ミニバン1台を予約。

予約の時にきちんと伝えておくこと。

搭乗手続き、荷物の預托。

国際線で重量やサイズオーバーするととても高く付く。この度はキロ2千円。

きちっと体重計で計測して規定内に納めていた。

超過料金なしで無事通過。

自転車の電動変速用バッテリーははずして持ち込み荷物の方に移しておく。

UN38.3の証明書も一緒にしておく。

手荷物の方はバッテリーをとがめられることなく無事通過。

搭乗口に入り出国手続きの列に並ぶ。

ここで荷物の係員が追いかけてくる。

シンちゃんの荷物にバッテリーが写っている。

鍵がかかっているので渡してほしい。

ホノルル空港なら問答無用、ハンマーで鍵をぶち壊されて、ガムテープで止めて返却される。台湾は親切だ。

シンちゃんの荷物で問題になったのは、デジカメの予備バッテリーでした。

搭乗口でバッテリーと鍵を返却された。

 

搭乗待合室を見渡す。乗客は我々以外すべて台湾の人たちのよう。

函館の景気を良くしてくれる大切なお客さまです。

ありがとうございます。と心で感謝。

今回完走には至らなかったが次につながる走りができた。

自慢はできないが、私なりには満足。

台湾人たとても親切で人情味がある。

ぜひまた訪れたいところ。

近いうちの再挑戦を心に誓う。

 

7:15 トランスアジア航空函館行きに無事搭乗。

機内でこの原稿を書いているところです。

おわり





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