2015年8月、
"はまらいんやおどり"という宮城県気仙沼市の港祭りに参加して以来、現地の方に言葉を残してから三年ぶりの東北宮城。
そこで開催されたツールド東北170kmコースに出場しました。


東日本大震災、多くの犠牲者を出した未曾有の災害。当時テレビから流れてくる悲惨なニュース、津波被害や避難生活を目にする一方、関東ではあたり前に家があり、食べ物があり、仕事があり…


私が初めて東北に足を運んだのは2011年9月、宮城県気仙沼市で災害活動を行った時です。
一、二年目は瓦礫撤去、三年目は被災した農家さんの苺農園再生活動、四年目は家族旅行で宮城へ。

五年目は気仙沼の港祭りに参加!そして今年、やっとツールド東北に当選!
自分の趣味を通して、宮城に行ける! 「また来ます!」の約束守れました。


私の出場コースは、石巻から南三陸まで北上し、折り返して石巻まで戻る
南三陸フォンド(170km)!
※他にも、
210km、100km、50kmコースがあります。


3.11被災箇所がコースで、決してタイムを狙うものではありません。
※ファンライド色が強いですが、終始高低差の大きいコースで、体力的にはギリギリでした。

コース中、地元の方も沿道に出て手を振って応援していただき、我々ライダーもそれにこたえる形でスピードを落として手を振り返す。


また、およそ20kmごとに地元ボランティアの方によるエイドが設けられています。

エイドでは、さんまのすり身汁、カレーライス、帆立焼き、めかぶスープ、饅頭、などなどお腹と気持ちが一杯になりました。
本当にどれも美味しかったです!!

私が話したほとんどのライダーは東日本大震災でのボランティア経験者、被災者が多かった気がしました。


それぞれ、大会に参加する思いは違いますが、皆ひとつになれるような、そんな大会でした。

地元の方も、"災害支援をいただいた恩返しがしたい"と、声を揃え言ってくださり、東北を元気づけに来たつもりが、逆にたくさんの元気をいただきました。

本当に有意義でした!これからも、地元の方には無理のない範囲で大会を続けていただきたいです。


大会後も現地で車中泊し、翌日は自分が活動してきたところを含め、被災箇所を車でまわりました。
急ピッチで進められる異様な高さの防潮堤、被災跡地に連なる名の知れた飲食チェーン店、7年たっても壊れた車や建物が残っている時間が止まっている場所。
昔とはだいぶ様変わりしてしまったんだなと感じる所も多かったです。

きっと、昔の町並みを知っている方にとっては違和感もあるんだろうなと感じました。

何をもって復興と言えるかは人それぞれだと思いますが、犠牲になった方の分まで精一杯生きます!


あの災害がおきなければと誰もが思うことですが、起きてしまった以上、これからも風化させず、現地でであった人たちとの繋がりを大切にしていくことが、私たちにできることです。

私はこれからもツールド東北にエントリーし続けます。
 
「また来ます!」




話は変わり、9月初頭、第二の故郷北海道で大きな地震がおきました。

7年前のあの時と同じ、電気がつかず、物流にもダメージを受けているなかで、関東ではあたり前の生活。



今回は知り合いの多い場所での震災。とにかくみんなの無事が心配でした。
トライアスロン仲間、大学時代の友人。
幸いにもみんな無事でしたが、もしこの震災が雪が積もる冬に起きていたら…。本格的な冬が来る前に、復旧が進んでいない場所で、少しでも力になりたい思いで一杯になりました。


函トラのLINEグループで、辻さんからのメッセージを見て、震源地付近での活動を決心しました。

自分にできること、3.11震災で、今は元気に暮らせている方がいること、ツールドを通して、東北の方々が北海道のことを心配していること、その方々の思いを背負い、現地で活動することだと思っています。

現に、宮城の至るところで、北海道や広島の募金活動を行っていました。

3.11の恩返しがしたいと思っていただいている方が多かったです。今回は3日間しか活動できないですが、何年後かに北海道トライアスロンに出た際に、復興を実感できるよう、精一杯活動します。


ご覧いただきありがとうございました。
  
     
     
     
     


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