平成21年度 養成講座 初日講義より [後編]

次に、中途失聴者・難聴者の心理状態についてお話します。
まず聴覚障害者は聞こえないのに 音の存在を認識しなければならないと
いうことがあります。どういうことかと言いますと、実際には健聴者でも
聞いてない音が世の中にたくさんあって、 普段は意識していないと思います。

ですが聴覚障害者の場合、自分には聞こえない音が存在するということを
絶えず意識する必要があります。それで、心理的負担が蓄積しているよう
です。

そして今まであった「聞こえ」が突然あるいは徐々に失われるという精神的
ダメージの大きさだと思います。

例えば中途失聴などの場合だと聴覚障害者としての生き方を新たに確立して
社会の中で生きていくことになります。いわゆる「障害の受容」ということですが
ほかの中途障害者と同様に、中途失聴者・難聴者にとっても、それが、できる
ようになるまでは大変な苦労や葛藤があります。

それから難聴が軽度であれば悩みや心理的負担も軽いかというと
必ずしもそうではないです。私の場合は軽度から高度難聴までを段階的に
経験してきたので、わかりますが、人間は、能力が近い方がその差を気に
しやすいそうです。どうしても健聴者の聴力レベルと比較してしまう傾向が
あるようで、そこでいろいろな無理が生じたり、自己嫌悪したり、不全感を
感じて悩むことも多いです。

中途失聴者・難聴者は、健聴者に囲まれて生活していることが多く、同障者と
知り合う機会も少ないため、聴覚障害者としての自分(アイデンティティ)を
確立しにくいといわれます。

特にある日突然に完全失聴された方などは、一般社会に参加することが
困難になるとても危険なアイデンティティの危機ですから、そういう状況を
手助けするのに中失協のような中途失聴者・難聴者の同障者団体の担う
役割は今後も重要なものになると考えています。

最近はストレス性の突発性難聴や、急速な高齢化社会に伴う老人性難聴が
増えてきていますが 特に老人性の難聴は誤解されやすいので注意が必要
だと思っています。

老人性難聴の多くは最初に説明した聴神経が侵される感音性難聴で、耳の
神経全体が衰えていきます。聴覚障害が目に見えない障害のため、呼ばれ
ても返事をしないとか聞こえないために応答の内容がズレているのを、
認知症と誤解されることも少なくないようです。こういった老人性難聴の実態を
家族や周囲が理解して、防がなければならないのですが、周囲のサポートが
少ないのが現状のようです。

ですから、皆さんが聴覚障害者、主に中途失聴・難聴者に確実に意志を
伝えたいとしたら補聴器である程度聞こえているようであれば、ゆっくり
ハッキリ身振り手振りを交えて話すとか、言い方を変えて話す。相手も
自分も手話を知っているなら手話で。
それでも通じないときは筆談で。といった、様々なコミュニケーション手段を
試して一番快適な手段を選んでいただきたいと思います。
そうすれば中途失聴者・難聴者の心理的負担もかなり軽減されると思います。

最後に中途失聴・難聴者に取っての要約筆記の必要性について話したいと
思います。「要約筆記」という言葉はまだ世間一般にはあまり知られてない
です。でも少しずつではありますが、地道に活動を続けて来られた
要約筆記者の方々や中途失聴・難聴者によって認知が進んできてるのでは
ないかと思います。

先ほどから「情報保障」という言葉を使っていますが、これも皆さんには聞き
慣れない言葉かもしれません。今、講義の中で使ってる「情報保障」という
言葉の「ほしょう」という字は同音異義語がいくつかあり、わかりにくいかも
しれません。「保障」今スクリーンに出ているのが正解です。意味は「障害の
無いように保つ」と取れますね。

聴覚障害者への「情報保障」とは「聞こえないことでその場に参加できない
状態を作らない」ということです。聞こえないということでの情報弱者を
生まないそのための一つのコミュニケーション手段として要約筆記があります。
情報保障が何もない場に、聴覚障害者が参加したとしても、それはただ
その場に「居るだけ」で本当の意味での 「参加」ではありません。情報保障が
あって初めて聴覚障害者が「完全に参加」できることになります。

ろう者にとっての手話と同じように、要約筆記は、中途失聴者・難聴者に
とって命綱であると思います。「その場に聴覚障害者が一人でも居る場合、
その場には音が聞こえていない空間が生まれている。」 このことは
皆さんが講座終了後、活躍される場合また通訳以外の場でも常に頭に
入れておいていただきたいと思います。

まとまりのない説明でしたね。
深く理解していただくには直接会話するのが、一番わかってもらえると
思います。 皆さんのまわりに軽度でも難聴の方や、中途で失聴している
方がおられましたら、 手をさしのべてあげてください。そしてぜひ中失協の
ような同障者が集まっている団体があることを教えてあげていただければ
幸いです。

皆さんが一日も早く要約筆記者として活躍され、通訳の現場でお会い
できる事を心から楽しみにしています。「継続は力なり」です。
がんばってください。

<おわり>

※この内容は、講義された方よりいただいた原稿を、本コンテンツ用に
 体裁を再編したものです。